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『大阪・奈良・京都の旅』
今回は大阪の友人S君夫妻と私たち四人での旅である
本来旅の目的は和歌山の高野山の奥の院に分骨している両親の法要だ、当初は一泊でと思ったが、S君から折角だからと言う勧めもあり結局S君宅に二泊京都に一泊と言う事になった
出発は4月21日広島発7時11分のひかりレールスター、生憎小雨模様の広島だったが8時45分新大阪着S君の奥さんの出迎えを受けて久し振りの大阪、快晴とまでは行かないが、どうやら雨も心配無さそうだ、地下鉄に乗り換えS君の自宅最寄り駅『藤井寺』に到着、
記憶にある『藤井寺球場』は、なんでも学校になるとかで取り壊し中、ふと広島の市民球場の行方に思いを馳せる、
駅まで迎えに来てくれていたS君の車で旅の主目的である『高野山』に向かう、
途中聖徳太子が母親を九度訪ねたと言う『九度山』の町を通り、やがて山道に入る、所々に満開の桜を見ながらの幾重にも曲がった山道を走り、漸く高野山の入り口『大門』の横を通り奥の院の駐車場に到着、真言密教の総本山である高野山は流石に熱心な信者や観光客で溢れていた、
参道の入り口の店で先ず昼食、所謂観光地には珍しく美味い蕎麦に満足し、樹齢計り知れない樹木の間の道に足を踏み入れると心も引き締まり、何故か心のふるさとに帰った気持ちになったのは不思議だ、数え切れない墓標の中を歩き『奥の院』に向い父母の分骨を納めた奥の院納骨堂に合掌する、
次いで『金剛峰寺』『壇上伽藍』(三鈷松の根元で三つ葉の松を拾い幸運を期待する)など巡り高野山を後にする
途中太子町にある聖徳太子の『御陵・叡福寺』に立ち寄る
『鶯の 声聞こえ来る 叡福寺』
途中、河内と大和を結ぶ日本最古の国道『竹の内街道』を走りぬけ
S君宅に帰着一日目を終わる
二日目好天気とは行かないがまずまずの空模様、朝S君の奥さんの案内でウォーキングに出る、途中『お染久松』の墓がある『野中寺』に
立ち寄る、二日目の主目的は『飛鳥の石舞台古墳を是非見せたい』とS君が奈良の明日香村に向かう、明日香=飛鳥と言う古代然とした響きに期待に胸は膨らむ、目の前に重々しく据えられた『石舞台古墳』はなんと言っても圧巻だ、
最大7tも或る石を積み上げた石室は蘇我馬子の墓といわれ、石舞台の名の由来はキツネが女に化け上で舞を見せたとか旅芸人が芸を披露下などの説がある、又其の内部に入ると中は広いが今にも押しつぶされそうな錯覚にとらわれる、
そのほか『亀石』『二面石』など数々の石像、聖徳太子の誕生の地と太子の像が祭られている『橘寺』『本薬師寺跡』『飛鳥坐神社』その他の遺跡古墳などを観て心は古代人となる
『春の日や 飛鳥の時代に 夢はせる』
最後に『薬師寺』に立ち寄り国宝の『東塔』をカメラに収める
『薬師寺の 塔そびえ立つ 春の空』
三日目奈良の町に入り、『東大寺』『転害門』『大仏殿』『南大門』と
古き日本の建築技術の壮大さに圧倒される、
其の夜は平安神宮近くのホテルに宿泊、翌朝6時半ウォーキングを
兼ねて近くの『南禅寺』を訪ねる南禅寺の『三門』『水路閣』をゆっくり散策、(ちなみに『水路閣』はテレビのサスペンスドラマに良く出る場所で一度観たいと思っていた場所だ)
『朝まだき 桜散り来る 南禅寺』
『石楠花 の 紅色ゆれて 朝の風』
続いて『平安神宮』参拝、早朝の為他に人影もなく静寂そのもので
平安神社の境内に起ち文字通り厳かな気分に浸った、
その後『清水寺』から『銀閣寺』をめぐる、その清水寺の参道『三年坂』の途中『二年坂』と交わった位置で突然二人の舞妓姿に出くわす『写真撮らしてもろうてええかね』(写真撮らせてもらっていいですか)と声を掛けると『どうぞ、でも偽者ですよ』との返事、(何でも観光客が衣装を借りて化粧もして舞妓姿になれるリースがあるらしい)それにしてもよく似合う可愛い舞妓さんになりきれるものだと感心する
こうして四日間の旅は終わった、この間神社仏閣、そして歴史に詳しいS君の案内で楽しく日本人としての心の故郷を巡る事が出来たことに感謝し、終日車を運転し疲れも、ものともしなかったS君夫妻の友情に感謝し旅日記を閉じる
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